中学1年生。
思春期の真っただ中だった私は、
突然、顔面神経麻痺になりました。
まだ、今のように
インターネットですぐに情報を調べられる時代ではありませんでした。
鏡を見るたびに、
いつもと違う自分の顔が映る。
この顔は、
もう元には戻らないのかもしれない。
そう思い込んでいました。
「これで私の人生、終わった」
13歳の私は、
本気でそう思っていました。
異変に最初に気づいてくれたのは、母でした。
すぐに近所の内科へ。
そこで、
「内科ではなく、耳鼻科を受診してください」
と言われ、紹介状を持って耳鼻科へ向かいました。
診察では、
ウイルスの影響による顔面神経麻痺の可能性がある
という説明を受けました。
家に帰ると、
母は私の顔に温かいタオルを当ててくれました。
何か特別な言葉をかけるわけでもなく、
ただ、そばにいてくれました。
そして、私のことを知った兄。
兄は泣いていました。
祖父の遺影の前に座り、
何やら一生懸命に手を合わせていました。
きっと、
「妹の顔が元に戻りますように」
そう願ってくれていたのだと思います。
その姿を、
今でも覚えています。
治療が始まってからも、
私は学校を一日も休みませんでした。
朝、病院へ行き、点滴を受ける。
そして、そのまま学校へ向かう。
それが毎日のように続きました。
本当は、つらかった。
特につらかったのは、
みんなの前に出ることでした。
前に立って発表する時間。
顔を見られることが、
とても怖かった。
ある時、先生から、
「顔が引きつってるね」
と言われました。
先生に悪気はなかったのだと思います。
けれど、思春期だった私には、
その何気ないひと言が、とてもつらく感じられました。
給食の牛乳もうまく飲めませんでした。
口元が思うように動かず、
毎日のように誰かにあげていました。
夜になると、
まぶたをきちんと閉じることができません。
目を閉じるために、
まぶたにテープを貼って眠りました。
それでも私は、
学校を休みませんでした。
内申が下がったらどうしよう。
そのことを気にしていました。
真面目すぎたのだと思います。
今の私なら、
あの頃の自分に伝えます。
「休んでもいいよ」
誰かからどう見られるかより、
成績や評価より、
もっと自分の心を守ってよかった。
あの頃の私は、
ただただ、
顔が元に戻りますように。
そればかり願っていました。
治療を経て回復しましたが、
今も表情にはわずかな左右差が残っています。
けれど、
あれから数十年が経った今。
私は、顔面神経麻痺を経験している方へ
伝えたいことがあります。
あなたの美しさは、
顔の左右が同じかどうかで
決まるものではありません。
笑いたくても、
思うように笑えない苦しさ。
人に顔を見られる怖さ。
何気なく言われたひと言が、
ずっと心に残ってしまう痛み。
私は、その気持ちを
ほんの少しかもしれませんが、知っています。
そして、その痛みを知ったからこそ、
誰かの表情の奥にある気持ちに
気づけることもあるのだと思います。
私は今、
介護美容の道を歩いています。
介護の現場でも、
顔面神経麻痺のある方々にお会いしてきました。
その方が歩んできた人生。
その方が大切にしているもの。
そして、
今を懸命に生きている姿。
私は、その姿そのものに
美しさを感じます。
時々、思うことがあります。
もしかしたら、
中学1年生のあの日から、
今の私へずっとつながっていたのかもしれない。
あの日の私は、
「顔が元に戻ること」だけを願っていました。
けれど今は、
美しさをもっと広く考えています。
「きれい」は、
顔だけの話ではありません。
その人らしさ。
笑った時間。
泣いた時間。
大切な人を想う気持ち。
これまで歩んできた人生。
そして、
その人の内側から伝わってくるもの。
そのすべてを含めて、
その人だけの美しさなのだと思います。
13歳のあの日、
鏡の前で泣いていた私。
あの経験は、
決して望んだものではありませんでした。
けれど今、
人の痛みに気づきたいと思える私の中に、
あの日の経験は確かに残っています。
そしてこれからも私は、
目の前の方の
「その人らしい美しさ」
を大切にできる人でありたいと思っています。